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トップ移住者インタビュー那賀町に大満足。とにかく人が優しいですね。

移住者インタビュー

那賀町に大満足。とにかく人が優しいですね。

赤澤真紀子さん

赤澤真紀子さん

出身地:徳島県(板野郡上板町)

移住年:2015年

現住所:那賀町

職業:三味線・着付け・マナー教室『和の学び舎』主宰

取材年月:2015年11月

IT企業の会社員時代、趣味で始めた三味線が面白くなり、32歳で芸者(地方:お座敷での演奏者)に転身。花柳界の“おもてなし”の流儀の中で、「心を込めて相手に向き合えば、どこでも生きていける」と悟り、父親の体調不良をきっかけに帰郷。まごころを感じる那賀町の移住支援が縁で新生活が始まりました。

役場の方の対応が一番良かった。それが移住の決め手です。

徳島へ戻ろうと思われたきっかけを教えてください。

赤澤真紀子さん

赤澤さん:父親の病気がきっかけですね。今はもう元気になったんですが、「そろそろ帰る時期が来たのかな」と。18歳で大阪の大学に進学し、その後東京で暮らすようになってからは、お盆とお正月に帰省するくらいでした。戻ってくるなんて思っていませんでしたが、20年ぶりに徳島に帰ってきました。

ご出身の上板町でなく、なぜ那賀町に?

那賀町の一軒家

赤澤さん:実際に家を探してくれたのは主人で、3日間にわたり、レンタカーで県内を回りました。その中でも那賀町はすぐに家を紹介してくれたんです。ご担当者の方も親身になって応対してくださって、感動しました。その出会いが移住の決め手です。

移住のサポートが適切だったということですね。

赤澤さん:そうですね。移住は公的機関の「支援」が必須だと思うんです。那賀町は移住者に貸す家も準備され、人間味のある支援も感じることができました。東京でマンションやアパートには十分住んだので、移住先では一軒家を希望していたんです。三味線や着付けの教室を開きたかったので、広いスペースが必要と思っていました。インターネット上で空き家情報を掲載している自治体もありますが、問い合わせると実際には空いていなかったり、空き家でも改修が必要で、100万円、200万円と言われると躊躇しますよね。今お借りしている家も町の補助をいただいて、少し改修しているんですが、襖の張り替えなど細々した修繕は住みながら、主人がやってくれています。知恵と資金(すぐに仕事が見つからなかった場合の当面の生活資金)と体力がなければ、移住するのは難しいというのが今回移住してみた感想です。

暮らしの中の、おもてなしの心に触れて

那賀町で暮らしてみた感想はいかがですか?

赤澤真紀子さん

赤澤さん:100点満点です。ここを終の住処にしたいくらい。とにかく人が優しいです。周囲の皆様が「この二人をなんとかしてあげよう」と気にかけてくださるのがありがたいです。昨日、今日と、町の皆様を対象に、三味線の体験教室とミニライブをやったんですが、「こんな先生が来たから行こうよ」と地域の方が周りに声をかけてくださって、来られた方もみなさんよく気配りされるんです。私はこれまで花柳界で“おもてなし”を仕事としてやってきたんですが、心のない、形式にとらわれたもてなしは意味がないと思っています。まず心があって、そこに様式美がついてくる。着物の着方も作法も、心あってこそ。いくら作法を守って丁寧に注いだお茶でも、人の悪口を言いながら飲むのでは意味がないと思います。

徳島は阿波おどりや人形浄瑠璃もさかんですから、三味線教室は人気が出そうですね。

赤澤さん:ありがとうございます。阿波おどりの三味線、浄瑠璃の三味線と古典のイメージがあると思うんですが、実は、三味線には、もっと自由で幅広い可能性があります。まずは三味線を好きになっていただくことを一番に考えて、体験教室では民謡、端唄、小唄、THE BOOMの『島唄』のような現代曲を、音楽の違いを説明しながら演奏しました。三味線などの古典芸能は、師弟関係で習うのが一般的ですが、『和の学び舎』では「先生と生徒で、一緒にやっていこう」というスタイル。いろいろな“しがらみ”は取っ払って、音色の素晴らしさを含めた三味線の本当の魅力を知っていただかないと、三味線音楽は衰退してしまうのではないかという危機感を感じています。そのため月謝制ではなく、1回2000円で誰でも気軽に始めていただけるようにしています。また、先生が決めた曲を教えるのではなく、習いたい方の好きな音楽、たとえば、歌謡曲などもリクエストいただければお教えするのも教室の特徴としています。

阿波おどりがきっかけで始めた三味線。
その可能性の豊かさを伝えたい

昔から三味線をされていたんですか?

赤澤さん:もともとは東京高円寺の阿波おどり連に参加し、女踊りをやっていて、三味線は空いた時間にお稽古を始めました。その時はIT系の企業に勤める会社員でした。

えっ!随分変わった経歴ですね。

赤澤真紀子さん

赤澤さん:その頃はWEBの編集や企画、プロデューサーや営業などもやっていて、三味線は休みの日に趣味で教わっていたんですが、やればやるほど上達し始めて。このまま30代半ばを迎えていいのかな~と思って会社をスパンと辞めて、芸者さんになったんです。会社を辞めるとか、住む場所を変えるとか、あまり抵抗がありません。これまで何とかなってきたので(笑) 会社員は基本給がありますが、私がいた花柳界では、芸者さんは完全歩合です。お座敷が入らなければ一銭にもなりません。それどころか髪を結いにいくと1回3000円、着物は支給だったんですが、お稽古にもいかないといけない。そんな中、アルバイトもしながら、お座敷で三味線演奏を担当する地方(じかた)という立場での芸者さんを6年勤めさせていただきました。三味線の稽古量は会社員時代に比べて一気に増えましたし、イベントなど何百人ものお客様の前で弾くこともあり、腕は上がったと思います。

これから移住を考える方に何かアドバイスをいただけますか?

赤澤さん:独立をするということは、会社員のときに比べると収入はダウンしますが、何が幸せかを考えた時、80歳か、90歳で終わってしまう人生なら、自分の家族を大事に、自分のやりたいことで人を幸せにできる仕事をする方がいいと私は思います。また、移住を決め、その土地へ行くということは、そこに長くお住まいになっている方々の輪に混ぜていただく立場ですので、謙虚であることがもっとも大切だと思います。自己主張は後からです。さらに、これは自治体の方へのお願いでもあるんですが、東京では徳島を知る方が本当に少ない。私たちは那賀町に惚れ込んで移住しましたが、希望をもって故郷に帰ったり、移住しようと思えたりする地域であることを、もっと発信し、移住先を探している人にまごころを持って、手を差しのべて欲しいと思います。

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